森岡 正芳 (神戸大学 発達科学部)
保健医療・福祉看護そして心理学・社会学などの行動科学でもナラティヴ(物語・語り)という言葉が話題を集めて久しい。臨床の具体的場面にナラティヴは迫る。日常の実践場面を動かしているにもかかわらず把握しがたい、人と人との関係性を支える解釈や意味づける行為、その原動力をとらえていくのに、ナラティヴという視点、方法論は有効なのである。ナラティヴは当事者の生活世界を立ち上げ、生の声を現場に反映させるのに有効な視点を提供してくれる。
セラピーでは、ナラティヴとは「人物や事柄について、時間的経過を追って述べられるまとまりをもつ言語形式」をさす。これは会話を通じて意味を生む行為に関係する。しかし、この概念がさまざまに流布しているわりには、実践研究における明確な定位がなされていない。セラピーなどの実践の現場では、対話関係のなかで意味を生む語りがどのように成り立つのか。そこに介在する他者はどのような役割を果たすのか。まだこれから解明されねばならない点は多くある。 ここでは以下の点について事例をもとに考察したい。
- ナラティヴの内容次元での特徴: セラピーにおける構成的聴取の工夫をもとに、経験の事後性(過去が現在において意味をもつということ)について検討する。
- ナラティヴの行為次元での特徴: ナラティヴのメタレベル、経験を表象する複数のシステムに注目し、セラピーの対話のなかで、自己をふり返り育む観察自我が生まれるプロセスをたどる。他者の視座がどのようなモメントとなるのかを検討する。
- 可能世界・仮定法的世界のもつ治療的意味: 未構成の経験(選択できたかもしれないが、実際には選択できなかった物語の道筋)を探ることの治療性、創造性を検討する。